花の旅人

各地のガーデンや知る人ぞ知る花の名所で
思いがけない花との出会いを楽しむ、花の旅のガイド。

三重・淡紅色に染まった桃源郷「鈴鹿の森庭園」

2019.12.11

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見晴らし台から園の全景を望んで。
奥にうっすらと見える稜線が鈴鹿山脈。日中と夕暮れでは全く趣が異なります。

三重県・鈴鹿山脈のふもとに位置する〈鈴鹿の森庭園〉は“しだれ梅”の名木約200本を全国から集めた、他に類を見ない庭園です。
こちらの庭園が一般公開されるのは一年のうち、梅が開花する約ひと月だけ。
私たちは2018年3月中旬、幸運にも“しだれ梅”が満開になった日に〈鈴鹿の森庭園〉を訪ねました。

入口付近に近づくと、まだ花は見えないのに、ふんわりと梅の香りが漂ってきます。
園内へ入ったとたん、一面薄紅色の世界に包まれる圧巻の景色が……

「呉服しだれ」の巨木〈地の龍〉。鈴鹿の森庭園を代表する名木です。

〈鈴鹿の森庭園〉の正式名称は「研究栽培農園 鈴鹿の森庭園」。
ここに集められたのは、一本、一本が日本各地で愛でられてきた名木の“しだれ梅”ですが、時代の変化とともに維持管理が難しくなった名木たちが途絶えてしまうことを危惧し、この庭園の歴史がはじまりました。
つまり、名木を絶やすことは、維持する技術も途絶えることになってしまうのです。
そのような理由から観光庭園としての顔だけではなく、脈々と伝えられてきた日本の伝統的な仕立て技術を現代に伝え、未来へ継承していくための研究栽培農園としてのミッションを持った場所なのです。

植物に人がかかわることで、より良くなる。

故事で「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」といわれるほど、梅は剪定が必須。特に“しだれ梅”はその名の通り、枝が枝垂れているために成長過程では支柱が必要で、形よく花を咲かせるためには相当な技術力と手間がかかります。
いまこうして美しい梅に出会えるのは、長年培われてきた仕立て技術があるからこそ。
技術の伝承は文化の伝承でもあるのですね。

しだれ梅の歴史

梅は中国原産の花木で、奈良時代に編まれた日本に現存する最古の和歌集「万葉集」にも100首を超える歌が詠まれているほど歴史のある花ですが、“しだれ梅”は江戸時代の文献に初めて登場した、比較的新しい品種です。
昭和初期に刊行された「花梅名鑑」によると“しだれ梅”の品種として「呉服(くれは)」「綾服(あやは)」「大輪呉服(たいりんくれは)」などの記述があり、現在では42種類ほどが確認されています。

梅の香りのこと

ほんのり甘い梅の香りは「ジャスミン」「クチナシ」「イランイラン」などの成分と同じ種類で、精神を高揚させ、多幸感をもたらす効果があるといわれています。
また、色や系統によっても香りに違いがあり、白梅→淡紅梅→紅梅の順で香りの強さが変わります。
ちなみにバラと同じように朝が最も香り高く、夕方にかけて弱まっていくとか。梅はバラ科の植物であることを改めて思わせてくれます。

一本の木に紅、白と咲き分ける品種「思いのまま」。

ここではたくさんの梅の中から、さまざまな花色が望めるスポットを見つける楽しみも。

これだけ梅があると色もさまざま。こちらは朱鷺色(ときいろ)がひと際美しい一本。

「鹿児島紅(かごしまべに)」濃紅色の八重咲きの梅。花だけでなく細い枝も紅色になる、華やかな品種。

夕暮れの鈴鹿の森庭園

鈴鹿山脈に夕日が沈みはじめると、夕焼けが一面の“しだれ梅”を包み込みこんで表情が一変。
淡紅色だった景色が紅梅色へと濃く色づいていくような景色に。

見晴らし台から見た、園の夕暮れ。

日本最古と思われる「呉服しだれ」の〈天の龍〉。〈地の龍〉とともに鈴鹿の森庭園を代表する名木です。

名古屋駅から車で約1時間。どこに花園が……と、不安になりながらたどり着いたところに、想像を超えた世界が待っていました。
満開のこの日、花と香りに包まれた園内は幻想的で、まさに桃源郷という言葉がぴったりな圧巻の景色。
当初の取材予定をずらしても、満開を待って本当によかった!この場を体験するまでは正直なところ、桜ほどの華やかさはないのではないかと思っていましたが、それは大きな間違いでした。
梅の素晴らしさは、一輪でも全景でもはっきりとわかる上品なピンク色と、甘く柔らかな香り……そして何より花と顔の距離が近いことが“しだれ梅”の魅力です。
目線の位置に花があり、どこまでもピンク色の世界が香りを伴ってついてくる、そんな体験ができるのは、木のすぐ側を歩ける〈鈴鹿の森庭園〉ならでは。
ここは花見というより、桃源郷を体験する場。ぜひ奇跡の絶景に出会う旅に出かけてみませんか?

研究栽培農園 鈴鹿の森庭園

〒519-0315 三重県鈴鹿市山本町151-2

https://www.akatsuka.gr.jp/group/suzuka/

例年の開園は2月下旬から3月下旬ごろまでの約1か月間です。
開花状況などによって開園日は変動しますので、詳細な営業時間、入館料など最新情報は鈴鹿の森庭園のWEBサイトをご覧ください。