花と暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第三十話 「五月 立夏 小満」
見渡すたびに、萌える新緑が勢いを増し、濃い緑色へと向かう立夏。
華やかな春の花で賑わっていた世界は緑色のトーン一色になっています。

「新緑」は、全体を一望するような言葉ですが、草若葉、柿若葉、菊若葉などの名前に目を留めていくと、それぞれの草木の趣きが手にとるように伝わってきます。
全体を包み込むような新緑のシャワーを浴びながらも、ひとつひとつ、真新しい草木の眩しさも味わう。
ことばの使い方や、眺め方一つで姿を変える新緑の世界に、いつも多くのことを教えてもらいます。

春爛漫の花々に囲まれていた季節が、新緑の世界へと移り変わるにつれて、浮き立っていた気持も落ち着きを取り戻し、自分のペースで感覚を働かせる自由が戻ってきます。

連休明けでいつものリズムを掴むのに少し時間がかかり、景色を仰ぐ余裕もなくなりがちな頃でもあるのですが、それでも時折、立ちどまり「仰ぐ」というしぐさを忘れずにいるなら、新緑の清々しさが胸の奥深くまで染み込んで新しい力を授けてくれます。

「教えを求める、尊敬する」という意味も持っている、この「仰ぐ」というしぐさ。
「仰ぎ見る」という動きをすることで、確かに気持が整い、静まるような気持になります。
首をのばすことによって、自然と気道が真っすぐになり、呼吸が深くなることも大きいのかもしれませんが、身体の動きによって作られる、あるいは生まれる気持があるのが人間の面白いところです。

気持が先なのか、表情や動きが先なのか、にわとりと卵の話のようなものですが、どちらにせよ、せっかくなら豊かになる身体の動きや表情と一緒に暮らしたいものです。
今の季節は、たくさんの草木の新緑に手助けしてもらい、豊かに暮らすためにもささやかな日々の身体の動き、そしてものの見方を、味方につけていきたいと思います。


今年は早くも湿度の高い日々がチラリ、チラリと見えてきました。
心地よい五月もあっという間でしょう。
仰ぐことで生まれる気持を、新緑の中で確かめ確かめ、味わっていきたいと思います。



ひらひらと楽しげに蝶が舞っています。
彼らの飛び方は、まるで空にリズムを刻むよう。
親しい友人と心置きなく話をした後のように心は軽やかに。
初夏の調べを奏でて、ふわふわと、時にスタッカートで。
見飽きることがありません。

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山法師(やまぼうし)


山法師の花が咲いています。先がしゅっと尖っている頂点のある4枚の乳は句の花びらが素敵です。
この花の名は、山の法師、すなわち山のお坊さんという意味です。
真ん中の丸い花穂を剃髪をしたお坊さんの頭に、白い花はかぶる頭巾に見立てたのだとか。
モデルは比叡山延暦寺の山法師で、武装した僧侶だそうですが、可憐な花をどうして僧兵に見立てたのは謎です。由来のエピソードを手がかりに、重ねて来たさまざまな歴史の足取りをたどってみたいと思います。

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唐種招霊(からたねおがたま)の花鈴


端午の節供には様々な考え方がありますが、その中の一つ、薬猟があった時代、万葉集にも登場する薬草摘みにちなむしつらいとして、今回は香りのよいカラタネオガタマの花を、神事に使う神楽鈴に見立て花鈴のしつらいものと名付けました。

カラタネオガタマは、日本で自生している招霊の木とは別種になりますが、五月に入る頃になると花が咲いて、甘いバナナのような香りを放ちます。風にのってくる香りにはいつもうっとり。
「招霊」(オギタマ)のことばはその名の通り、霊を招くという意味の「おきたま」が変化したもの。
神様の霊を招く力がある、つまり依代の役割を持ち、寺社等にしっとりと植えられているのを見かけます。

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鎮花の花笠


鎮花祭の祭りで使われる一文字笠に、つつじをしつらいました。
花が散り、舞う花びらにそって、災いや病が広がるのを鎮めるために行われるのが鎮花祭ですが、同じような気持で春の花々が役割を終えたことを慈しむかたちにしたかったのです。

新緑とともに、特に目を引くのがぐんぐん手を伸ばす蔓です。
蔓の勢いと、力強いつつじの花色を真っすぐの一文字笠の上で躍るように合わせてみました。

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浜昼顔(はまひるがお)


夏の気配は、海辺にあります。砂浜では、落ち着いた色の浜昼顔の出番です。
ぎらぎらと照る太陽に夏の気配を感じながらも、穏やかで優しげな花の中に、春のなごりを懐かしむ。
浜昼顔のおかげで、両方の季節を味わいながら歩くことができます。



六月


大気が潤い、湿度が高くなります。
いよいよ今年も半年が過ぎました。
残りの半年へ思いを向けていくうちに、入梅の草木花へと、季節は進んでいきます。

広田千悦子

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正

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