花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第二十九話 「四月 清明 穀雨」

2019.04.05

life

立春からはじまった春も大詰め、早くも晩春に入ります。
桜の開花も、河津桜から染井吉野、山桜へ。
今年の開花はどんなあんばいかと、気をもむうちに時は流れていきます。
新しい生活の幕開けを迎える人も多く、全身で春を受け取る季節。
足元の草草も勢いを増し、エネルギーが満ちあふれてきます。清明は、清浄明瞭。4月7日には旧暦の上巳の節供を迎え、地物の桃の花もようやく咲き出しました。
李の花も咲き乱れ、さびしかった柳の枝にもいつの間にか花が咲き可愛らしく揺れています。見渡せば 柳桜をこきまぜて 都ぞ春の 錦なりける  『古今和歌集』桜と柳の景色は、さまざまな絵や工芸品などに描かれ、古(いにしえ)の人は、二つの木々の取り合わせを楽しみました。
あちこち現れるひとつひとつの草木花の美しさに目を奪われ楽しい季節ですが、忙しなく感じた時には古の人たちの想いに習い、視点をひいて景色を望み見ることをおすすめします。春の勢いに圧倒されがちで疲れが出る頃だから、目の動かし方を変えることで、バランスを取り戻す足がかりになることも。
意識するしないにかかわらず、どうしても近視眼的なものの見方を求められがちな現代には、時折、気持をニュートラルに戻しておくためのよい薬となります。

穀雨にうつると、春雨が多くなる頃。
恵みの雨は優しく、穏やかに。
景色はしっとりと潤いの中に包まれていきます。

清らかで明るく、を意味する清明のことばの音にも力をいただいて、
恵みの雨に心潤してもらいつつ、歩みを進めていく。
春の力を上手に取り入れていきたい季節です。

この時期、見逃してはいけないのが木五倍子(きぶし)の花です。
時季が過ぎてしまったことに後から気づくとしばらく後悔するから、毎年注意深く眺めています。

春たけなわのはじまりを告げる花として、ほんとうに楽しみにしています。
このあたりでは、ちょっとした山の斜面などにあります。
葡萄の房のようにずらりと並んで、それこそ遠目でもそれとわかる姿。
木五倍子の花からいただくのは、心の内側のリズムが揺さぶられ、動きだすような、そんな力です。

美しい若葉をつけた、木通(あけび)の花が咲いています。
今年は当たり年なのか、ぎっしりと花をつけている蔓をよく見かけます。
形は可愛らしいけれど、色はえんじ色で渋く。
花にもまして美しいのが、光りを透かし、冴え冴えと心を清めてくれるような萌葱色をした葉です。

染井吉野に続くように咲き出すのが山桜です。
近くで見ると真っ白で、まさに清浄な印象。
暗かった山々を次々に若葉と一緒に染めていくその姿に昔の人が、
桜に聖なるものを感じていた気持が伝わってきます。
今年は植物療法士の方に、江戸時代にも使われていた道具で河津桜や、大島桜、そして庭の山桜の蒸留水を採取してもらいました。
桜餅のような香りや、柑橘が入り交じるような香りなど、同じ桜といえども、それぞれに特徴があります。
中でも庭からおろしたての山桜の蒸留水には、特別ないのちの力を感じました。

天道花(てんとうばな)は関西方面などで見られる、古くからある習わしです。
竹などの先に、その時季の花を束ね、天にむかって高く掲げます。
本来は屋根の上ほどに、高く高く掲げるものですが、その素敵な気持だけでも、暮らしの中に取り入れたくて、今年は、床の間にしつらいをしてみました。目的は他の行事と同じように、時代や地域により違いをみせます。
基本は卯月八日、といって4月8日に行いますが、旧暦通りの季節を大事にするところは
五月に行います。
田の神や山の神を迎えるため、あるいはご先祖様がかえってくるお迎えに、天へのお供えものとして、あるいはお釈迦様の誕生を祝うために。
行事に込められた祈りや想いに、さまざまなかたちが見られるのが、四月の行事の興味深いところだと思います。

第三十話「五月 立夏 小満」へ
初夏に入ると、季節の流れはすこしずつ、落ち着きを取り戻していきます。
若葉は萌え、新緑の風が肌を優しく撫でて、穏やかな季節がやってきます。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正