花と暦

日本の文化・歳時記研究家の
広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第二十三話 「小寒のこと」
小寒は、お正月の三が日も過ぎて、七草に入ろうとする頃。
最も寒い季節のはじまり、「寒の入り」となります。 
「寒」は、小寒と大寒を合わせて約30日間。
これから節分の「寒明け」まで、厳しい寒さは続きます。
きりりと冷え込んだ早朝には、土がほっこりと持ち上がっていることも。
足で踏んでしまわぬように気をつけながらしゃがんでみると、きらきらと光る小さな氷の柱、霜柱が見えて、その美しさにため息がでます。
澄みわたる大気のおかげで、真っ白に雪化粧した富士山が遠くからもよく見えて、冬の気分を盛り上げてくれます。

寒の水飾り 日陰葛 残菊


今回は寒の湧き水を汲み、水桶に入れて、寒の水をありがたくいただくための時節の花のしつらいとしました。

日陰葛(ひかげのかずら)は、鬼の口ひげ、きつねの前掛けなど、別名にも心惹かれます。
松と同じく、緑色を保ち、伸びる蔓も長く伸びて、趣きがあります。
万葉集にも見られるほど古く、さまざまな神事に使われお茶席でもおなじみの植物です。
残菊(ざんぎく)とは、重陽の節供を過ぎたあと、冬まで咲いている菊のことです。今年は暖かい日が多かったのか、いつもより長く野菊を楽しんでいます。寒さにふるえながらも花咲かせる野菊の佇まいが、心に響いてきます。

寒の間の水は「寒の水」と呼ばれ、清らかで、水質もよく柔らかく、いつまでも傷まない良質な水と考えられてまいりました。
たとえば「寒の水は薬」という諺や、「寒九の水」といって寒に入ってから九日目に汲んだ水は、薬を飲むのによい、といういわれがあります。
今年の寒九の水は1月14日頃。蛇口からでる水の冷たさを感じてみたいと思います。

寒の水で餅をついたり、稲穂を使う神事につかったり。
寒造りといって、この時期にお酒や味噌をつくると美味しいといわれているのも、冷え込む気温とこの寒の水を使うところに秘訣があります。

もちろん現在のように水道からの水ではなく、井戸の水を使っていた頃に生まれた話です。
地下からくみ上げる水のありがたみにも重みがあり、自然からいただいているという気持も、現在よりもずっと自然で身近なものだったでしょう。

自然から距離を保つ暮らしは便利なことも多いのですが、どこか物足りない感覚があるものです。
その満たされない思いを支えるための方法の一つが、草木花のしつらいに思いを託していく時間です。自然のリズムに寄り添い、失いかけた力をいただくよい機会になります。

七草のこと


一月七日は七草の日。五節供の人日の節供でもあります。
冬の間ずっと力を蓄えて、その年、初めて芽を出した摘み草の力を身体にいただくという
意味合いがあります。
ただし、旧暦で季節を数えていた頃と比べると、一ヶ月から一ヶ月半のズレがありますから、本来はもう少し先の季節の行事でした。たとえば従来の七草を旧暦で数えるなら、今年は2月11日となります。

「ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ春の七草」と詠まれた歌にあるような七草をお店で買うのは、身近に自然がなくなったからだけではなく、採取するにはまだ時季が早いから。寒さに凍えながら探す現代の七草と、立春過ぎて春のきざしに気持ふくらむ頃の本来の七草の季節感とは随分と異なるわけです。
お店で七草を揃えるのも楽しいですし、あたりを見回して、いただける摘み草を探すのも楽しいものです。
たとえば、私の住むあたりで取れるものは、ハコベ、ノビル、たんぽぽの若葉、明日葉、三つ葉などがあります。靴を通して伝わってくる寒い冬の、ちょっと硬めな土の感触を感じながら、秋谷七草と名付けて、毎年探すのを楽しみにしています。

万両


万両が、背をのばし、葉の下で実をたわわにつけています。
すっくとたつ茎は力強く、葉はヤシのようにバランスがとれています。
艶のある赤い実は、鳥の目をひくのか、食べられてしまうものも多く、次の日に楽しもうと思っている矢先に先取りされて、がっかりすることも。
そんなときは、そのおかげで鳥達が種を運び、万両は、またどこかで実りを得るための旅に出るのだと心をなだめつつ、来年へと思いをあたためることにしています。

江戸時代から栽培されている古典園芸植物の万両は、当時のお金を表す縁起物。
お金にちなむ縁起のよい木は他にも、千両、百両、十両、一両などがありますが、たとえば千両を現在のお金にすると、五千万円から一億円ぐらいですから、万両は相当な額のお金に見立てた名前だということに。
幕末に大ブームとなった万両は、種類も増えて、江戸時代には10種以上、明治時代には50種以上の種類が生まれました。

どんと焼き


お飾りをはずして、そろそろお正月の神様をお見送りする時季となりました。
二ヶ月ほどの期間があったのが本来のお正月でしたが、現在は早ければ三が日、遅くとも15日の小正月までというところが多いでしょうか。
お飾りを集めてお焚き上げして、お正月の神さまをお見送りするのが、左義長(さぎちょう)、あるいはどんと焼きなどと呼ばれる行事です。この煙にのってお正月の神さまは帰るという説があります。
この話からも、日本の神さまはずっとどこか同じ場所にいるのではなく、いつもどこかからやってきて、時がくれば帰る、つまり、旅をする神さまなのだということが伝わってきます。お飾りを一年一年、新しく作ることにも、その考え方が現れています。この日がやってくると、お正月も明けていよいよ新しい年が、本格的にはじまるのだ、と心新たな気持になります。


お正月飾りに活躍した橙をいただきます。
強烈な酸味があり、甘みも少なく苦みがあるのですが、果汁は風味がよく独特の旨みがあります。
絞り汁をお刺身や、鍋、焼酎などのアルコールに入れたり、炭酸水で割ったり。
出汁とあわせれば美味しいポン酢になり長持ちします。

先祖代々、のことばに通じる子孫繁栄にかけた縁起のよい実だということ、あるいは木になったまま実が、2年以上もそのままついていることもあること、傷みにくいことから、永く続く命や力の象徴として注目されてきた柑橘です。
「第二十四話  大寒へ」
一年で最も寒いという二十四節気となり、寒さは頂点に至るという季節になります。
見方を変えると、寒極まれば、転じて春へと向かう道のりに。

広田千悦子

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正

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