花と暦
日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。第二十一話 「大雪のこと」
たくさんの雪が降る頃、という節気です。
長く続いた季節はずれの今年の暖かさも、ようやく冬らしい日へと向かっていきます。
しばらく残っていた小さな虫の音が聞こえなくなると思うと寂しいばかりですが、凛とした空気の冷たさや、息の白さを楽しむ時がやってきます。

真っ白な息に気がつくのはきりりと冷え込んだ朝。
いつの間にか浅くなっている自分の呼吸に気づき、深く整えます。
呼吸と一緒に身体の中の淀みをはきだし、新しい力を静かに深く胸に吸いこみ満たして。
空気が冷たければ冷たいほど、胸の中がきれいさっぱりと清められていくようで、寒いのはつらいことばかりではないなあ、と感じる時間です。

季節外れの暖かさに身体や気持が緩みすぎぬよう、どこか気をはっていたのは、突然やってくる寒さが心配だったからだけではありません。
春の日だまりのようには楽しめない、違和感がありました。

草木花が季節とともに生き、いのちを全うするように、同じ自然の一部である人間にも季節の流れは身体に染み込んでいます。いつも通りの寒さがやってこなかったり、あるいはいつまでも寒かったりすれば、当然、身体の内側のリズムも乱れやすくなります。
もっとも自然の影響を受けすぎないように、技術を進化させて、安定した暮らしが行き届くようになった現代は、意識して五感を働かさなければ、その精妙な力を感じることは難しいかもしれません。

そんなふうに自然の流れから離れてしまい、孤独になりがちな私達に手を差し伸べるよう、変わらずにインスピレーションを与え続けてくれているのが、草木花です。
自然界の草木花も、華やかなお店の花も、私達のそばにいて、さまざまな啓示を伝えてくれています。

ちなみに、順当な季節のめぐりは、古来、中国でも日本でもとても大切なことでした。
季節の流れが滞りなく進むことで、農作物はもちろん、人間の世界にも力を与えてくれる、と考えられていました。
儀礼や行事や祭りを行う理由の一つには、季節がきちんと進んでいくように、という願いや祈りがありました。

水仙のこと


ぐんぐん背をのばした、水仙の花が咲いてまいりました。
裏山で群生している山の水仙は二部咲きほどでしょうか。
青々とした天に向かって伸ばしていた葉のふくらみに命が宿り、はじけて花を咲かせていく――。
その様子をながめていると、「身ごもり」、「誕生する」ということばが浮かんできます。
咲き始めの花から比べると、背が高くなっていくのが面白いところ。
花の位置には季節の流れがあらわれています。
別名、雪中花と呼ばれるのは、厳しい寒さの中や雪の中でも花を咲かせる事から。
まっすぐに天をめざすだけでなく、ねじりの入る自然な葉のかたちにも、こころ惹かれるものがあります。

帰り花


春が来たと読み違えた花が秋や冬に花をつけることを帰り花、もどり花、返り花、と呼びます。簡単にいえば狂い咲きです。
今年は台風により早々と葉を落としたために、眠りのサイクルが乱れて、暖かな冬の日を春と勘違いしてしまった草木花が多く見られます。
桜やつつじなどではおなじみですが、今年は、さまざまな種類の返り花が見られ、初夏のスイカズラの花が咲いているのを見つけた時は驚きました。
また、遠目で山々を眺めると、新緑が芽吹いている木々も多く見られます。
紅葉に交じり、萌えいずる新緑の景色です。
寒い冬を越えていくことは、当然難しくなりますから、落葉する葉と、新緑、両方つけた枝が愛おしくなり、花器に入れてみました。
帰り花ならぬ、「帰り葉」と呼ぶべきでしょうか。

松迎え


12月13日は事始め。お正月の準備をはじめる日となります。
門松などお正月に飾るための松や木々を、山や野からとることを松迎えと呼びます。
自然界からありがたくいただくための、かたちを整えしつらいます。
お飾りをつくる前に、そういった時間を設けることで、過ぎゆく時を大切にあたため、新しい年に気持を向けていく気持の準備にもなります。

お正月といえば、クリスマスが過ぎて、七草の七日まで、あるいは三が日までという方も多くなった現代には、松迎えの日取りがピンとこないかもしれません。
煤払いもこの日で、ちょっと早く感じるのは、おそらく一ヶ月から二ヶ月という長い期間かけてお正月のしたくをしていた頃のなごりです。
積み重ねてきた、先人の祈りが、時を越えてかたちとして残っているのです。

南天萩


薄紫色の南天萩の花が見事に咲いています。
長くのばした枝は繊細で、気をつけないとすぐに折れてしまいます。
しなる花姿が可愛らしくて、萩を思わせることからついた名前でしょうけれど、実際は萩の仲間ではなく、そら豆の仲間。
そして葉の方は、南天と似ていることからついたという南天萩の名。
名前の由来の本家本元の植物のインパクトが強すぎるせいか、「いったいどんな花なのだろう?」と思いをめぐらせてしまうような名前の野の花です。
春の若葉はとってもおいしいのですが、この花を思うとなかなか手がでません。

冬の星


いつの間にか、冬の星の代表格のオリオンがどっしりと空にのぼっています。
真ん中にぽつんぽつんと三つあるわかりやすい形をしています。
あたたかな日が続いて季節感がずれていても、星の動きは変わらずにめぐります。
寒く厳しい寒さを迎え、太陽の日差しも心細くなってまいりますが、夜の星の光りはまたたき、見事な星空に彩られていきます。
ふと目が覚めてしまった夜更けに窓を眺めると、星空に詳しくなくとも、星の配置が見慣れたものではないことが何となくわかります。草木も眠る深夜には、新鮮な夜空が広がっていて、不思議な気持に包まれていきます。
「第二十二話  冬至へ」
一年で最も昼の時間が短くなる冬至を迎えて、太陽の動きでいえば春へと続く道のりのはじまり、太陽のお祭りです。
静かな深みのある夜長は続き、ぬくもりに心惹かれていく季節です。

広田千悦子

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正

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