花と暦
日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。第十六話 「秋分のこと」
夏と冬をつなぐ分岐点です。
秋分は昼と夜の長さがほぼ等しい頃。
太陽がだんだんと、春の頃と同じ高さに戻ってきました。

自然界が息吹に満たされていくのが春なら、秋は実りを迎え、彩り、枯れていく道中。
受け取る光りの強さは似ていても、春とは全く違う表情を見せます。

うつりゆく季節の流れに身を委ね、歩くうちに、内側に蓄えられた力は目覚め、自然界と同じように実りを迎えることでしょう。

季節のリズムを忘れずにいるためには、秋の七草、彼岸花、太陽の傾きなど、くらしの中にある何気ない自然界のシグナルに目をとめることが力になります。
人生で本当に大切にしたいことに足並みを揃えて。
涼やかに歩きたいという気持も高まっていきます。

葛の花


秋の七草のうち、葛の花は今も身近に見られる花の一つです。
残暑のなごりでまだ重みのある空気を、さあっと軽やかに変えるような色合いをしています。

線路脇などにも蔓をのばし、都会でも生きぬくたくましさはその薬効の高さをあらわしているかのごとく。

葛の根から採れる葛粉でつくるまろやかなとろみのある葛湯は、冷えた身体を芯からあたため、
夏の疲れが残るお腹を優しくいたわり、滋養となります。

葛の花の開花に気づくのは決まって、地面に紫色の花びらが一つ二つ落ちてから。そこから空を仰いではじめて穂のようにのびた葛の開花を知るのです。
今年こそは、落ちているよりも先に枝に咲いているのを見つけようと試みるのですが、なにせようやく暑さがゆるんでほっとしている隙にという間合いです。いつも不意をつかれてしまいます。

花を楽しむ目線を変えて、雨風に落ちて道を彩る花、という視点で花を見るなら、春は桜、秋は葛。
うつむき歩く道すがらはもちろん、車の窓からも見えて、気持の曇りもいつのまにか小さくなっていきます。

古い時代から、身分の高い人のしるしとして使われ、高貴な色と考えられたのが、紫色。
落ちた葛の花を手にすくってみると、その紫色の宝庫です。
伝統色になぞらえてみると、牡丹色、浅紫、二藍(ふたあい)、桔梗色、藤紫など。
さまざまな紫色を楽しめる花でもあります。

月見のこと


一年で一番、月が美しいという中秋の名月。
旧暦の8月15日は9月になるときもあれば、10月の年もあります。
今年は9月24日と、秋分の日と並ぶ日取りとなりました。

一般的に月見といえば十五夜と十三夜になりますが、皆でお供えものをし、のぼってくる月を待ち、過ごす「月待ち」という行事が盛んな時代がありました。
16夜、17夜、19夜、23夜、26夜など、さまざまな月齢の月の出を待ち、過ごしたのです。

町で行われた賑やかな月待ちがある一方で、ご近所同士や親戚などで作られた講で行われた村々の月待ちの中は経を読み、邪気を祓う厳かなものもありました。

他の行事と同じように行う場所や集いにより、お供えもののスタイルや発想にはさまざまな形があり、また時代とともに形も変わります。
お供えにするお花もまたしかり。
現在のように、お月見の花といえば秋の七草、というばかりではなく、その土地でその時期咲いている花を、十五夜花として月へのお供えものにしました。

しつらいはいつも古くからある祈りのかたちにそこはかとなく通じるものや、信仰をふまえつつ、今の思いを重ねた形にしたいもの。
今年のお月見のしつらいは、尾花にみきのくちと椎の実を用意しました。

みきのくちは、月の力を呼び込み、お供えしたお神酒に力を宿すための道具です。今回は、月にちなむ植物として竹を漉いた、阿波の竹和紙を使いました。
お月見だけでなく、お正月、桃の節供、七夕など、さまざまな行事に登場し、浮世絵等に見られます。

椎の実は、そろそろ木の実や果実など、実りを迎える季節を祝う標としてみきのくちにお供えしました。


尾花はススキですが、稲穂をあらわし、豊作を祈る力がある、あるいはお稲荷さんの使いである狐の尾をあらわしているなど、諸説ある秋の七草の一つです。

自然に咲いている女郎花や、藤袴、桔梗や撫子が見られた時代はそれほど昔ではないのかもしれませんが、萩、葛、尾花が今も様々な場所で見られることに比べると寂しいことです。ただ、私達が幸せなのはお花屋さんで草花が揃うこと。自然のもの、お店のもの。両方、愛でることができるありがたい時代です。

尾花の箸


ススキの茎で箸をつくる習わしがあります。
この箸で月見団子をいただくところも。
現代でも衰えることを知らぬ尾花の生命力をいただいて、箸をお供え物にしました。

ゲンノショウコの花


ゲンノショウコが花盛りを迎えています。その名も「現に実際に効く」という意味から来ているというユニークな生い立ち。

お腹の薬として活躍してきた民間薬の一つですが、今年は庭で赤い花をたくさん咲かせてくれました。

花が咲いた後も見逃せないのは、種を飛ばしたあとの様子が、お神輿の飾りに見えること。
神輿草という別名もあります。
肌に触れる露も冷たくなり、秋の深みが増してきます。
菊の花が盛りを迎えて、衣替えの迷いもふっきれていく頃となります。

広田千悦子

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正

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