花月暦

日本の文化・歳時記研究家の広田千悦子さんが伝える、
季節の行事と植物の楽しみかたのエッセイ。

第十一話 「小暑のこと」

2018.07.07

life

小暑は、南から熱い風がふきはじめ、大気は夏らしい気配に満たされ、次第に気温が上昇していくという頃。
約一ヶ月間にわたる「暑」の幕開けとなり、立秋(今年は8月7日)の前日まで続いて、暑中見舞いの便りが届きます。

この季節の反対側にある季節の言葉が、冬の「寒」。
暑さが強まる中、冬があと半年後にやってくるとは、とても想像がつかないですが、あえてこの小さな国の季節の幅の大きさに目を向けて、時折、気持の内側にささやかなゆとりをつくりたいと思います。

それにしても、今年は「暑」の力が強かったのか、早々と梅雨も明けてしまいました。梅雨のない北海道で生まれ育った私は「春のあとはまっすぐに夏」というストレートな季節の流れを懐かしく思い出しています。

置いてきぼりになってしまったように心細げなのは紫陽花ですが、暑さに戸惑いながらも、ふさふさと花を揺らして、まだまだ盛り。
いつも以上に愛おしく紫陽花を眺めて歩きます。

人間の方も、これほどあっさりと梅雨があけてしまうと、重くのしかかる灰色の空も、シトシトと長く続く雨音さえ、なごりおしいような気持になってきます。
いつもは苦手な梅雨の時季のありがたみを感じながら、気持の持ちようで世界はガラリと変わるということを思い出しています。

思いがけない季節の運びから自分の内側に生まれる思いはさまざまで、驚いたり、困ったり、時には嬉しくなったり。考えている以上に心は揺れています。どんな中でも静かに咲いている花を眺め、気持を鎮めていきたいと思います。

日本の七夕

小暑と重なる七夕となりました。
例年ですと、梅雨の真っ最中となる新暦の七夕ですから、星空をのぞむことが難しいことも多いのですが、梅雨の明けた今年はどんな星空が見えるでしょう。たとえ今日、見逃したとしても、旧暦の七夕(今年は8月17日)と合わせて、今年は星を愉しむ期間がたっぷりとありそうです。

七夕さん

すっかり古代中国が由来の牽牛、織女の星伝説にまつわるならわしが一般的になった昨今。その一方で、日本の七夕とはどんなものだったのかというと、その中心にあるもののひとつはお盆の準備でした。
お盆(旧暦の7月15日)の約一週間前にあたる七夕の時季。ご先祖さまや祖霊といった大切な存在を迎える前に、災いや穢れをきれいにして準備し、整えておく期間だったのです。笹飾りをしたあと、川や海に流すところなど、各地にそのなごりだと思われるものがみられます。七夕さんなどの人形をつくる意味も、災いや穢れをたくし、身代わりになってもらうというような意味がある、と考えるむきもあります。

今年の七夕のしつらいは、さまざまな時代の祈りに想いを馳せつつ、今日の祈りを込めました。呪力があると考えられた笹をたっぷりと敷き、その上に七夕さんをそっとのせます。今年の七夕さんは、古いひとがたの七夕人形をモチーフに、木の身体を軸にしました。奉書と和紙の着物を着せて、こよりをつけて仕上げます。
やわらかさ、風合い、薄さ、そして色味など、どれにしようかと趣きのある和紙を見繕うのもいい時間。さまざまな色が心にはたらきかけるのか、わだかまりもいつの間にか消えていきます。

梶の葉

もうひとつの七夕の飾り物は梶の葉です。
梶の葉を使うのは「梶」が、天の川を渡る舟の「舵」に通じる音だから。
源流をたどるとその一つは、万葉集に見えてまいります。万葉集に登場する七夕の歌は132首。梶にまつわる歌も登場します。

“ 天の川、楫(かじ)の音聞こゆ、彦星と織女と、今夜逢ふらしも “

訳:天の川からかじの音がきこえます。彦星が舟を漕いで織姫と今夜逢いにいくのです。

万葉集は、7世紀後半から8世紀に作られた現存する日本最古の歌集ですから、少なくとも、梶の見立ては1200年ほど前からあるインスピレーション。
この長く長く続く梶の葉のいわれを元に、今回は星々を映すために、なみなみと張ったガラス鉢に梶の葉を浮かべ、天の川の水をすべる彦星の舵の音に思いを寄せました。

もう一枚は梶の葉の掛け飾り。
祝い事に使う檀紙と和紙を重ね、飾り結びで結んだところに梶の葉を添えました。

姫檜扇水仙(ひめひおうぎずいせん)のこと

七夕が近づいてきたなあ、と思っていると、伸びてくる笹と同じように、草むらでたくましく背を伸ばし咲いてくるのが姫檜扇水仙です。朱色の小さな花をいくつもつけています。
明治時代にヨーロッパからやってきて、そのまま野生でも繁殖しつづけている力強い花。おめでたい扇を思わせる葉姿、そして咲く時季、鮮やかで可愛らしい色。今年の七夕のしつらい花としました。


第十二話「大暑」へ
一年で一番暑い時季がやってきます。
厳しい季節を乗り越えていくための、さまざまな知恵が登場する季節です。

広田千悦子

文筆家。日本の文化・歳時記研究家。日本家屋スタジオ「秋谷四季」(神奈川県)などで季節のしつらい教室を行う。ロングセラー『おうちで楽しむ にほんの行事』(技術評論社)、『鳩居堂の歳時記』(主婦の友社)ほか、著書は20冊を超える。

写真=広田行正